大阪、鍼灸の聖地(その1:針中野)

オリンピック・パラリンピックが終わりましたね。
さて、オリンピックの発祥の地といえば、古代ギリシアのオリンピア。
全能の神 ゼウスの聖地として栄えた町であります。

突然ですが、大阪の、鍼灸の聖地といえば、どこかご存知でしょうか。

地名に「針」が入る「針中野」(大阪市 東住吉区)
思い浮かべた方は多いかもしれませんね。
地名の由来として有名な、 鍼灸師の聖地であります。

大正12(1923)年、大阪鉄道(近鉄南大阪線)の開通時に、鍼灸師の中野家 41代目が所有地を駅建設のために提供するなど尽力し、そのお礼として鍼灸院の最寄り駅の名前を「針中野」にしたと言われています。

中野家の鍼灸院は、今なお見ることが出来る建物(現在は、国の登録有形文化財)です。
風格ある古いお屋敷という趣きで、屋号は「中野降天鍼療院」(ナカノアマクダルハリヤ)といい、天から降りてきたという名が許された由緒ある鍼灸院です。

それというのも、創立は平安初期にまで遡り、弘法大師が伝授した鍼の秘術を継承していると伝わります。

中国から鍼灸を伝えた弘法大師が、道中この中野家に宿泊した際に、お礼として鍼灸の技術やツボを示す木像と金鍼を贈ったことが始まりだとされています。

中野の鍼は代々評判と伝えられ、江戸時代の古地図にも「中野村小児鍼」が示されているそうです。
※江戸時代の中野村は明治時代の町村制で周辺の村と合併し、南百済村となり、のち大阪市に編入されています。

その人気ぶりは、全国から「中野鍼まいり」と称されたほどで、大正時代には1日で500人を超える患者が殺到し、患者の便を図って待合室や宿舎を設けたぐらいです。

鍼灸院への道案内として、今も残る「はりみち」と刻まれた石碑の道標(大正3(1914)年に建立)が設置されていることからも、来院する人の多さが窺えます。

針中野、関西の鍼灸の歴史ですね。
そしてもう一つ、大阪府茨木市は日本における『鍼の聖地』と言われております。

長くなりましたので、そのお話はまた別の機会にでも。