「手当て」

前回のブログで、最後の方にちらっと出た「手当て」という言葉。
大概は、病気やけがの処置をすることをいいますね。

「手を当てる」というと、手の平を人や物の表面に当てる(触れる)ことを指すます。
しかし、その意のとおりにそのまま、医師が病人やけが人に「手を当てて」いるだけでしたら、患者さんも周囲の人々も怒り出すに決まっていますよね。(あやしげな宗教?でもあるまいし・・)
ここでいう「手当て」は人手やお金を割り当てて物事を処理すること、と考える方が良いかと思います。

子どものころ、『 痛いの、痛いの、とんでいけ~ 』と、おまじないのように、痛いところに手を当ててもらったら心なしか良くなった・・という経験はありませんか?

不安や緊張を感じたときに手を擦ったりして、心を落ち着かせる。
お腹が痛いときはお腹を撫で、頭が痛ければ頭を抱える。
痛みや不快を感じる部位へ無意識に手を当ててしまうのは、「手に癒やしの効果がある」ということを本能的に知っているからなのです。人間の生得的に備わった自然の反応です。

また、手を当てると遠赤外線効果がはたらき、当てている部分がじんわりと温まってきます。
温まると血行が良くなり、自然治癒力を促進するという作用もわかりますね。

手を当てると鎮痛作用のある神経伝達物質β-エンドルフィンの濃度が高まるというデータもあります。オキシトシンが分泌されて全身にひろがることも確認されているようです。

手を当てることで癒やしがもたらされると言うことは、本来誰にでもできる能力です。
これを体系的な「気」のメソッドとしたのが、明治時代の「霊気(れいき)」ですが、その後欧米に渡り、「Reiki」として多くの国で代替医療として認められ、保険適応であったり国家資格として、医療行為とされています。

「手当て」とは、それだけの力を持っているのですね。
日本生まれの霊気が、海外で盛んに行われている現状は私自身とても興味深いです。
当院での経絡治療も手当ての施術であるといえます。

日本伝統鍼灸の特徴として、皮膚の触覚所見を重視し、鍼の施術も極浅いところで効果が出る、というものがあります。
鍼灸の臨床を長年にわたりしていると、自ずと触れることによる癒やしの力が増してくる実感があります。