自律神経失調による腹部の腫れ痛みに対する鍼灸治療


●2009年 日本伝統鍼灸学会 学術大会 症例発表 抄録

大阪 奥田 稔



はじめに

虚実に対する補瀉は、鍼灸術の要であり、東洋はり医学会では脈状および病態に応じ

て多様な補瀉手法を開発し実践運用している。

中でも、気の滞りに対する和法、虚性の邪に対する補中の瀉は、日常臨床に欠かせな

い手法である。

今回、10年にわたる腹部張痛を、本会の基本である相剋調整にこれらの手法を用い

ることによって、比較的早期に緩解せしめた症例を得たので紹介する。

症例



患者: 男性 36歳 職業: リフト運転



初審: 2008年3月



主訴: 胆道ぢすきねじーによる腹部張痛

現病歴:

10年前、頭部の急な掻痒感を伴う湿疹から発症。

湿疹が消退後、異常な食欲更新のため多食し、腹部の激痛を発症。

激痛は治まったが、その後、腹部の張痛を絶えず感じるようになった。

大学病院の心療内科にて、胆道ぢすきねじーと診断され、投薬治療を受けたが、あま

り効果が無く、その後症状の変化無く現在に至る。

現症:

腹部、特に心窩部の張れ痛みが一日中続き辛い。

起床時や、仕事等でストレスを感じると増悪し、痛みが背部に響くようになる。

既往症:  13歳 十二指腸潰瘍 33歳 椎間板ヘルニアによる右座骨神経痛



随伴症状:

・目

眼精疲労が強く、眼球が固まってくるような感じがする。(特に左)

疲労が高じると焦点が合わなくなり、軽い目眩を伴うようになる。

充血、白目がやや黄味を帯びている。

疲れやすく、動悸がし、身体が重い。



問診:

飲食

口苦が強く、食べ物の味がよく分からない。

満腹感が常にあり、食欲はあまり無いが、量は普通に食べている。

特に好き嫌い、五味の偏りはない。

少し便秘傾向。



手掌、足裏からの発汗しやすい。

手足の冷えは感じないが、頭部に熱感を感じる。



切診:

全体に体表の浅い部分の虚が顕著であり、特にナソ部(缺盆を中心とした部分)、背

部、四肢末端(井穴)の皮膚のの緩みが強い。

・腹診

上実下虚を呈しており、心窩部から中かん、肋骨弓にかけて実(緊張)が強く、圧し

て不快感を感じる。

小腹は、浅い部分から深部にかけて力無く陥下して虚、冷えも強い。

ナソ

左右 の缺盆の虚 後頚部の実

左 乳様突起下ぶの実

背部

心兪 肝油 胆兪 脊際から輸血にかけてきょろ所見



左右の 肋骨に沿ってきょろ所見多数





脈診:

浮・数・虚

脈幅が広く、全体に締まりがなく無力、数が目立つ。

比較脈診では、左関上()の陰陽の差が最も大きく浮位において実を触れ陰の肝の診

所は虚。

右関上 陰の脾の診所はやや実。



治療および経過:



証:肝虚脾実相剋調整

本治法:

陰経 左 極泉・陰谷右 公孫和法

陽経 右 光明 支正 補中の瀉

標治法

関元・ナソ てい鍼による補法

背部 筋縮・脊際 右側胸部のきょろ所見に対する和法による処置



経過

上記の治療を週に2会のペースで行う。



5審目で、心窩部の緊張が少し緩み目の疲れも軽くなってきた。

8審目 更に心窩部の緊張が緩み、皮膚の緩みが軽減し、脈も締まってきた。

10審目 腹部張痛はほとんど感じられなくなり、口苦や目の黄ばみも消失。



考察

胆道ジスキネジーは、器質的異常が認められないにも関わらず、胆道括約筋の運動、

緊張の異常のために疼痛を起こす疾患であり、精神緊張、自律神経失調などが主な誘

因とされている。

本症例は、肝の疏泄失調による気の滞りがその中心的な病態であり、証法一致の経絡

調整が功を奏したものと考えられる。

ストレスの増大している現代社会において、今後ますますこのような病状で苦悩する

人が増えるに違いない。

これに対し、臓腑経絡の気を整える伝統鍼灸の存在意義は大きいと言える。